haiku(2014-09-17, 09-25)から転載

b.hatena.ne.jp

謝罪を駆動するのが、社会的な要請の人と、自己の罪悪感の人との違い。社会的な要請によって自己の行動を規定される人は、その行動に納得がいかない時に社会に対する不満を持たざるを得ない。一方、自己の内部に限定される範囲に生じる感情によって自己の行動を規定される人は、自分の行動が自己の中で完結するので、自分の思いどおりにならない他者に対して不満を持つ必要がない。 「◯◯すべし」「◯◯しなければならない」(たとえば「他人に迷惑をかけてはいけない」とか)という規範を与えられて育った人は、社会に対する「愛」を持ちがたいのではないだろうか。

違うな。逆なんじゃないか。社会に対する愛がない、社会は自分を排除しようとするかもしれない、と思ってるから、排除されないように、社会的に問題がないように行動する必要がある。だから、行動規範が自分の外=社会にあるんだ。